2013年2月25日月曜日

連載「ゲーマーのための読書案内」第27回:『ソロモンの指環』_1

 こんな有名な本を事新しく紹介するのも,やや気がひけるのだが,今回のお題は動物行動学の創始者コンラート?ローレンツの『ソロモンの指環』である,ドラクエ10 RMT。書名はもちろん古代イスラエル王国の王ソロモンが所持していたと伝えられる「動物と話ができる指環」にちなむ。ただし,「指環などなくても動物と話せる」と言うローレンツのメッセージと実践こそが,面白いところだ。  本書は基本的にエッセイ集であり,とくに動物学の素養がなくても楽しく読める。扱われる動物は多岐にわたり,ゲンゴロウやトゲウオ,闘魚について語ったかと思うと,ハイイロガンのヒナの育成や,コクマルガラスの群れとコミュニケーションについて極めて具体的に述べ,はたまた犬の不思議な能力と特性について,総合的に論じたりもする。動物好きの人であれば,どこかしらヒットする話題が見いだせるはずだ。  やはり圧巻なのは,例の「刷り込み」理論の基礎となったハイイロガンのヒナ,マルティナの逸話だろうか。卵のふ化過程から観察を始めたローレンツは,ヒナが最初に見た“動くもの”であったがゆえに,以後ヒナに母鳥と認知されてしまう。  ガチョウを仮親にする算段でいたにもかかわらず,死にもの狂いで自分を追いかけてくるヒナの行動からその不可能を覚ったローレンツは,以後夜中も1時間半おきにヒナの呼び掛けに答え,ハイイロガンの声を真似て鳴き交わしたり,9羽のヒナを引き連れ,しゃがんで庭を歩き回ったりしつつ,このヒナ達を育てていく。なにしろ立ち上がってしまうと,ヒナは“母鳥”を“見失って”しまうのだから仕方ない。  本人が笑い話として語るとおり,ときにご近所や通行人に奇異の目で見られつつもローレンツが展開した,動物への愛にあふれた共同生活と観察が,やがて彼の研究成果となっていく。  ほかにも,主人(ローレンツ)にとって不快な話題を展開する来客に,なぜかそれを察知して軽く噛みつくジャーマンシェパード犬の話や,主人の命令を愚直に守るが,誰でも主人と見なしてしまいかねない人懐っこい犬(ヨーロッパ犬の多くがそうである)と,主人にすら控えめな愛情表現しか示さないが,絶対にほかの人を主人と見なすことのない犬(アジアの犬,アラスカの犬がそうらしい),それぞれの徳目について奥さんとケンカになった話などには,愛犬家であれば深くうなずくところがあるだろう。  犬の忠義と人懐っこさをめぐるこの行動学的対立軸に関して,ローレンツは前者をジャッカル型,後者をオオカミ型の特徴として分類し,それぞれに由来する血縁的なルーツを推定した。  分子生物学が飛躍的に発展した今日,血縁に関しては否定的な見解が強く(どの犬もオオカミ由来というのが定説)その意味でこの本はもう明らかに古いわけだが,彼が見いだした犬の忠義の2類型は,やっぱりあるような気がする。人間との共生関係がどんな淘汰圧として働いたかを考えてみるのも面白いし,単に自分好みの犬を語るときにも便利な概念だろう。  比喩にせよ実践にせよ,「動物と話す」ことを一つの主題とした本書だが,ローレンツは研究者として,動物のどんな声/ふるまいが生得的な「気分表現」で,どこからが思考と学習のたまものなのか,きちんと区別しながら語っている。  蛇口を指して吠える犬は「思考」しているが,飛び立ちたいカラスの鳴き声は「気分表現」であり,とくに学習を必要としない。群れがそれに従うのは,あくまでその気分が声を通して伝染した結果である。鳥のヒナにも学習要素はあるが,動物を過度に擬人化して捉えると,彼らの実態を見誤る,アイオン RMT。その点の切り分けに関して,ローレンツはたいへん論理的に思考し,それを検証する実験を重ねる。  とはいえ,コクマルガラスの群れでリーダーの交代が起こると,その配偶者まで強く出るようになるという観察結果について,やっぱり人間くさいというか,人間存在の根底に,ほかの動物と同じ血が通っているであろうことにも,ローレンツは言及しているのだが。  ゲームで描かれる動物の多くは,やはり人間社会の付属物であって,その動物固有の論理を取り込んだゲームはそれほど多くない。ぱっと思いつくところでは,シリーズやエデュケーションゲームのシリーズあたりだろうか。だが,動物が人間にとって大きな関心事であり続ける以上,この分野への関心が増すことこそあれ,減ずることはないだろう。  この本の後書きを読んで初めて知ったのだが,ソロモン王が「動物と話した」というのは,どうやら誤訳に基づく所伝らしく,原型は「動物について話した」なのだとか。ともあれそれは,知恵あるソロモン王なら動物とも話せるはずだという,人間の長きにわたる願望の発露な気もする。……もっと進歩した「バウリンガル」の登場を,心待ちにしているのは私だけではないはずだ。
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